娘と息子とちいさいお庭

子どものことと暮らしについて記します

パパはおなかが空いている - 他者の感情を理解する

パパはおなかが空いている

 

「パパ、がっちゃんこ(お腹が空いている)」

ある日、息子が夕ご飯を食べ、その横で娘に離乳食をあげているときに息子にこんなことを言われました。
この「がっちゃんこ(お腹が空いている)」は、朝昼晩のご飯前、お腹が空いている時間帯にお腹をさすりながら発する言葉で、自らの空腹感を表現しています。
それまでは「パパ、ごはん(パパも一緒にご飯を食べよう)」としか言わなかったのに、この日はまだ夕ご飯を食べておらず娘に離乳食をあげる私の姿を見て「一緒にご飯を食べよう」ではなく「パパはお腹が空いている」⇒パパは今(自分がおなかが空いているときと同じような)空腹を感じている、と発言しました。

他者の感情を理解している点は特段驚かなかったのですが、発語がのんびりめな我が家の息子がこうして自分の言葉で私の空腹感を指摘した点に多少の驚きと喜びを感じました。言葉はゆっくりでも心は順調に成長しています。

 

他者の感情の理解

 

例えば Hoffman (2000) によると(中略)1 歳前後の子どもは,他者の苦痛に出会ったとき,自分を慰めようとするものの,まだ自他の区別が難しく,自分の実際の苦痛と,他者への共感による苦痛とを区別せず,同じように反応しがちであ る。2 歳前後になると,自他の情動状態を区別し, 苦痛を感じている他者に援助行動を示す。その際, 泣いている友人のもとに自分の母親を連れて行くなど,他者ではなく自分自身が落ち着くような行動を見せることがある。幼児期に入り,視点取得の能力を獲得すると,自分の要求とは異なる他者 の要求を理解できるようになる。それによって,より自己中心的でない方法での援助が見られるようになる。目の前にいる他者の苦痛に対する共感反応からはじまり,やがて目の前にいない他者や 物語の登場人物に対しても共感的な感情を経験するようになる。
(他者理解と共感性の発達 溝川 藍 明治学院大学 ・子安 増生 京都大学 より)

 

子どもはとても早い段階から他者の感情を理解できるようになります。我が家の息子も、発語はゆっくりめでも他者の表情や感情に理解を示していることは大分前から感じていました。

 

下の子と遊んで泣かせてしまったとき、親と遊んでいて身体がぶつかってしまい「痛いっ」と親が発した時、これから行う動作を続けていいのか悪いのか判断がつかなかったとき、いずれも何か気まずそうな顔をしてこちらの顔色をうかがっています。故意の場合はもちろん怒りますが、仕方がなかった場合やそのまま続けて良い場合はできるだけ不安を与えないよう笑顔で(怒らない顔で)「大丈夫だよ」と伝えています(伝えられるよう努力しています…親のメンタルが安定していたら…)。

 

一方、子どもが褒めてほしいときはたくさんの笑顔でほめてあげます。積み木をバランスよく積めたとき、滑り台の一番上まで登れたとき、マグネットでちょうちょを作ったとき、こんなときは満面の笑みで親に自慢をします。こうして自慢をしに来る姿はとてもかわいいので、多少忙しくても自然と笑顔で「すごいよくできたねー!」と褒めてあげることができます。

 

先に引用した論文にもあるように、他者の苦痛もちゃんと理解しています。テレビやおもちゃに熱中しているときでも、0歳の妹がころんだりどこかをぶつけて泣き始める姿や雰囲気を察知すると、すぐ心配そうにかけよります(かけよるだけで何もしませんが)。ほとんどありませんが、少し強めの言葉で私と妻が言い合いをすると(というか私が一方的に言うと)、どこか悲しそうな緊張してそうな表情をします(できるだけしないように気を付けているんですけどね)。

この記事が面白いです。

www.nhk.or.jp

 

こうして順調に他人の感情を理解し始めている息子ですが、今はまだイヤイヤ期の真っただ中で、まだまだ自分のやりたいことが中心、自分が世界の中心です。友だちのおもちゃは奪おうとするし妹との遊びも自分が遊びたいように遊びます。妹がどこかに行こうとしても自分と遊べと無理やり引き連れようとします(ただ「最近は友だちとのトラブルもほとんどなくなってきた」、と幼児教室の先生に言ってもらえています。すばらしい。)。

 

やっていいこと、やってはいけないこと、できることとできないこと。自らの願望とこうした現実とのギャップに悩み、泣き叫び、親も泣き叫び、みんな一緒に成長していきましょう。