娘と息子とちいさいお庭

子どものことと暮らしについて記します

言葉は通じ、理屈は通じず - イヤイヤ期

順序立てて行動できた

今年の夏に息子が3歳になりました。相変わらずのイヤイヤ期ですが、先日ごはん中に「りんごが食べたい」と言い始め、「ごはんを食べ終わったらりんごを食べようね」と言ってみたところ、素直にごはんをいそいそと食べ始めました。

それまでは、りんごを食べたい⇒ごはんを食べ終わったらにしようと⇒いやだ今たべたい⇒親が折れてあげる、のように〇〇を"したら"■■をしようという順序立てた行動ができませんでした。たぶん理解はしていたのでしょうが、行動に移せなかった(我慢できなかった?)のだと思います。

 

思えば3歳になるまで、〇〇ちゃん(妹)が寝ているから静かにしようね、が全く通じませんでした(今は、通じるけどふとした拍子に声を発してしまう感じ)。が、3歳になると急に「ママ、くーくー、しー」(妻が息子の横で寝落ちしていたから静かにしよう)と言い、サメのぬいぐるみをもってきて「くーくー、しー」と小声でささやき、「サメさんが寝ているから静かにするの?」と聞くとささやくように「はい」と言うようになりました。

思い返せば、これまでできていた"AだからBをする"は、ボタンを押す⇒音が鳴る、スイッチを押す⇒電気がつくのように単純でわかりやすいものだったり変化が目に見えるものでした。また、ごはんを食べるからダイニングの照明スイッチを押す、という行動も変化がわかりやすいかつ習慣的なもののため早い段階で自然に習得した気がします。

ママが寝ているから静かにする、リンゴを食べる前にご飯を食べる、といった理屈の理解と自分自身の行動や衝動の抑制がセットでできるようになったのは成長です(まだまだ今まで通りできないことの方が多いですけどね)。

 

成長した子どもをこちら側と認識する

2歳3歳のイヤイヤってやっぱり対応する側はしんどくて、親の言っていることは理解できるし自分の意図も伝えられるようになるし、身体も成長して大きくなりいろんなことができるようになって、はっきりと「もう赤ちゃんじゃないんだなー」と感じるわけです。あくまでの私の場合なんですが、そうした姿を見ていると無意識に、成長した息子と赤ちゃんを線引きというか別のカテゴリーに分類するんです。

  • 赤ちゃん=認知能力がまだ乏しい、本能的⇒全面的な親の助けが必要
  • 息子=認知能力が発達、本能的な行動が減る⇒親の助けは部分的になる

なんというか、赤ちゃんをまだ"あちら側"、一方息子を一人の認知能力のある人間として"こちら側"(親側)に徐々に迎え入れはじめるんです。

一方で、タイトルの通りこちらの言うことは理解していても、理屈が通じなかったり理解してもまだ行動に移すことができません。

リンゴが食べたい⇒ごはん食べたらにしよう⇒いやだ今食べたい⇒このごはん食べ終わったらリンゴ食べていいんだよだから食べよう?⇒イヤイヤ

たいていこんな感じです。「2歳なんてまだまだこんなもの」とわかっていて、かつ心と時間に余裕があれば問題無いのですが、前述の通り成長して"こちら側"の存在として認識し始めているため「どうしてこんなことができないの(理解できないの)」と思ってしまい親もイライラしてしまうんです。"こちら側"の存在であるがゆえに余計そう感じてしまいます。2歳なんてこんなものなんでしょうけどね。

 

ちょっとそこで踊ってて

手が離せないタイミングで何かを要求されたとき、とっさに「ちょっとまって」と言ってしまうんですが、通じないばかりかたいてい余計怒らせてしまいます。で、親も親で「ちょっとまってって言ってるでしょ(怒)」みたいな負のスパイラルに陥ってしまいがちなんですね。我が家の息子の場合ですが、2歳の段階では「ちょっとまって」の意味が分からず自分の要求が断られたと感じ余計イヤイヤしてしまっていたんだと思います。確かに。時間の短さを表現する「ちょっと」の意味もよくわからず、その場の衝動を延期する「まつ」という行為もまだできず、それゆえに「ちょっとまって」=「よくわからんが今してほしいことを断られたぞ」と感じイヤイヤしていたように感じます。

今すぐは対応できないけど数十秒以内には要求に応えられる場合、(Twitterなのかどこかの情報誌で見たのか忘れましたが)「10秒数えたらね」と言ってゆっくり10秒(もたなければ20秒)数えていると大抵待ってくれます。「ちょっとまって」と違い終わりが見えているからですかね。もう少し大きくなると「ちょっと踊ってて」と伝えるとその場で踊り始めるそうです…本当でしょうか(笑)あとは、「抱っこしてほしいんだー?」とか「テレビつけてほしいのかなー?」とか適当に要求を復唱するのも時間稼ぎになります。自分の要求を理解してもらえていると感じさせるのは重要、とよく言われていますよね。

 

言葉は通じ、理屈は通じないが理解はしている

タイトルで「理屈は通じず」と書いていますが、行動に移せないだけで親が想像するよりも早い段階で理屈についても理解はしていると思います。我が家では基本的には要求を飲む方針で対応していますが、家の外だったり危険なことだったりルールで決めていることだったりで、どうしてもその要求を拒否しなければならないこともあります。要求を断るともちろん泣きわめきますが、その泣き方はイヤイヤとはまた違う"諦めの泣き"で、ちゃんとケアしてあげれば案外すんなりと切り替えてくれます。この"諦めの泣き"をするときは、「したいけど理由があってしてはいけない(できない)もの」とちゃんと理解しているように感じます。赤ちゃんのころの泣き方が、空腹・眠い・痛いなどでそれぞれ異なるように、イヤイヤ期にも泣き方の違いがあるのは面白いですね。

 


イヤイヤ期が終わっても就学くらいまでは、自分のしたいこと v.s 実際にできること(していいこと)とのギャップに大なり小なり直面し続けるでしょう。甘やかせすぎず、でも無理させすぎず、親としてもさじ加減が難しいですがすこやかにたくましく成長してほしいものです。