娘と息子とちいさいお庭

子どものことと暮らしについて記します

実家のがれき処分の手伝いをしてきました - 親とあと何回会えるのか

今年の夏に帰省した際に、私の両親(というか母親)が実家のがれきを盛大に処分するということで、先日それを手伝いに行ってきました。20年前に建て、かつては6人(私の祖父母・両親・姉・私)が暮らしていた実家も、今では60歳を過ぎた父親と母親が1階と2階でそれぞれ(勝手に)生活しているという現状です。

 

終活についても意識が高く(?)それぞれが少しずつ進めているようで、例えば終活ノートや重要書類の類についてはそれぞれからすでに情報をもらっています(それぞれが個別に進めている、というのが両親らしいです)。60代前半で二人ともまだ現役で働いてはいるのですが、こうした終活の話を聞くと時の流れを感じます。親も年を取ったし私も年を取ったなと。特に子ども時代を過ごした実家だとその思いもひとしおです。

 

その終活の一環で、母親が実家のがれきの処分を計画していました。具体的には私の祖父母(母親の両親)が存命だった時代の家具で、もう使わないであろう椅子や机などなどになります。さすがに大きすぎて一人ではきついということで、夏の帰省時に「今度手伝ってくれないか」ととそれとなく言われていたので行ってきました(父親はどうした、というつっこみは無しです)。私としても、電車や車で3時間以上かかる実家(諸頼住む予定もない)の中身は何かあったときのためにできるだけシンプルな方が良いと思っていたので、また、人生の終わりを意識した母親からのお願いということで、こういった類の依頼は受けておかないと、と思った次第です。

 

いざ実家に到着して様子を見てみると、確かに一人で運ぶのが難しそうな椅子や机などの大物家具がたくさんありました。「明るい時間はちょっと嫌だ」ということで夜のうちに近場の収集所までせっせと運び出します。その時間にはすでに他の過程からの粗大ごみがわりと大量にありました。おかげで実家の中がさらにすっきりしました。夜逃げの気分でした。したことないですが。

 

よく考えてみると、両親とあと何回会うことができるんでしょうか。帰省はたいてい年に2回か3回(年末年始、GW、お盆)、両親の寿命が80歳とするとあと17-18年。せいぜい30回から50回くらいでしょうか。帰省の際は妻の実家を拠点にしているので、もう少し少ないかもしれません(私の実家がすかすか&両親がそれぞれのペースで生活していて、小さい子どもにとっては義実家の方がベターなため。ただ息子は4歳なので、そろそろ来年あたりは1日くらいこっちの実家に泊まってもいいかも)。孫と会わせる機会を増やすのももちろんですが、息子である私と両親とのコミュニケーションをもっと増やすという意味でも、子どもたちがもう少し大きくなったらこちらの実家でも子どもと一緒に寝泊りしたいなと勝手に考えています。特に子どもが生まれて以来、コミュニケーションの総量が格段に減った気がします。


終活ステージってどんな気持ちなんでしょうね。人生あと20年くらい、子どもたちは家を出て結婚して孫ができて孫も大きくなって…自分の子どもたちが生まれて以来そちらに気を取られていてあまり老いた両親に思いを巡らせる機会もありませんでした。

 

何を得たかではなく何を与えたかが大切

アインシュタインはかつてこのようなことを言ったそうです。

 

私は(将来への希望展望を含めて)現状に割と満足しています。私の両親は所謂「放置型」で、それゆえ「親から何かを与えてもらった」という意識が希薄でした。それが歳を取るにしたがって、子ども時代の環境が私自身の「今」を形成していると強く感じるようになります。今の実家で過ごした10歳から18歳の期間は特に重要な時期であったと感じます。思えば、「放置型」というスタイルも含め(勝手に放置してただけという見方もありますが)両親から与えられた結果の「今」であると思っています。

私は息子と娘に「与える」ことができるのでしょうか。正直、今の生活は私の幼少期とは比べものにならないほど裕福ですが、それが自動的に「与える」ことになるかというと、そうでない場合もあるでしょう。私自身が終活を始めるとき、人生の終わりを迎えるとき、「子どもたちに与えることができた」と、そう思える人生を過ごしていきたいものです。

 

ちなみに、実家で初代のポケモンカードを発掘したのですが、保管状態の影響でまったく高値買取になりませんでした(割とレアっぽいカードもあったのに)。